家族を支えていると、「何をしてあげればいいのだろう」「何と声をかければいいのだろう」と悩むことがあります。
私は看護師ですが、支えてもらう側だった時期があります。そのときに感じていたことを、支えている方に向けて書いてみます。
- そばにいるのに、何もしてあげられない気がする
- どんな言葉をかければいいのか、分からない
- 自分の言葉や態度で、傷つけてしまっていないか気になる
- 仕事が忙しくて最低限のことしかできていない。相手はどう思っているのだろう

仕事が忙しくて、最低限のことしかしてやれていなくて。どう思っているんだろう、と気になります。

私が支えてもらっていたとき、家族も仕事をしていました。それでも、気にかけてくれていることは伝わっていましたよ。そのときのことを、お話ししますね。
私の場合は、年を重ねての介護とは事情が違います。それでも、支えてもらう側の気持ちには、重なる所があるかもしれません。一人の経験として、読んでもらえたらうれしいです。
家族に支えてもらった時期のこと

私には、体調をくずして、家族に支えてもらった時期があります。
くわしい事情は書きませんが、それまで当たり前にしていたことが、できなくなった時期でした。
当たり前にしていたことができなくなった日々
動けない日が続きました。
仕事に行くこと、家事をすること。それまで何も考えずにしていたことが、まったくできなくなりました。
何もできないという思い
家族は、それぞれ仕事をして、家のこともしていました。
そのそばで、私は動けずにいました。「自分には何もできない」「迷惑ばかりかけている」。そう思って、ひどく落ちこみました。
年を重ねての介護との違いと重なる所
私の経験は、年を重ねて介護を受ける方の経験と、同じではありません。
それでも、できていたことができなくなること、家族の世話になること。そこで生まれる気持ちには、重なる所があるかもしれないと思っています。みんながそうだ、とは言えません。一つの例として読んでください。
支えてもらってありがたかったこと

ふり返ってみると、ありがたかったことは、いくつもありました。
私のために考えてしてくれた特別なこと。そして、変わらない毎日の中に、自分の居場所があったことです。
考えてしてくれた特別なこと
これをしたら喜んでくれるだろうか。少しは元気になってくれるだろうか。
そう考えてしてくれたことは、もちろん、うれしかったです。何をしてもらったかだけでなく、考えてくれたこと自体が、うれしかったのだと思います。
変わらずそこにいてくれたこと
家族は、変わらずそこにいてくれました。
それだけのことです。けれど、変わらずそこにいてくれることが、ありがたかったのです。
気にかけてくれていると伝わったこと
家族が気にかけてくれていることは、伝わってきました。
気にかけていることは、相手に伝わっている。支えている方に、まずそれを知ってほしいと思います。
毎日の挨拶
家族は、挨拶をしてくれました。
「おはよう」「おやすみ」。何もできない日にも、変わらずかけてもらえたことが、ありがたかったです。
何もできなくてもそこにいていいという感覚
仕事ができなくても、家事ができなくても、そこにいていい。
家族は、そう感じさせてくれました。動けない日々の中でも、幸せだと感じられました。
持ちつ持たれつの小さなやりとり
もう一つ、助けられたことがあります。持ちつ持たれつの関係でいられたことです。
仕事や家のことはできなくても、携帯電話の使い方を教えてあげると、喜んでもらえました。家に自分しかいないときに雨が降ってきて、洗濯物を取りこんだら、「ありがとう」と言ってもらえました。
自分にも、返せることがある。それを、はっきりと感じられた出来事でした。
「迷惑ばかりかけている」という気持ちは、今も完全に消えたわけではありません。
それでも、自分にも価値があると感じられるようになって、少し前向きになれました。
口に出せなかった気持ち

支えてもらっていた間、家族の言葉でつらい思いをしたことは、ありませんでした。
それでも、ひとりで胸がきゅっとなることはありました。支えている方を責めたいのではありません。こういうことがあるかもしれない、という話です。
ふつうの毎日が映すもの
家族が、いつもどおりに暮らしている。とくに、仕事に出かけていく。それは、私もそれまで当たり前にしていたことでした。その姿を見ると、今の自分にはそれがとてもむずかしいのだと、認めざるをえませんでした。
とくに仕事が気になったのは、働きざかりの年ごろだったからだと思います。働いていて当然だと自分でも思っていましたし、世の中からそう見られることも多いからです。
家族は、何もまちがえていません。ただ、いつもどおりに暮らしていただけです。
家族が家にいる日の気の楽さ
家族の仕事が休みの日は、なんとなく気が楽でした。
私は、人と違う時間の過ごし方をしていることに、どこか後ろめたさを感じていました。家族が休みの日には、時間の流れが、いっしょに感じられた。だから、気が楽だったのだと思います。
言えなかった「ごめん」
「元気な姿を見せられなくて、ごめん」。そう思っていました。
けれど、口に出したら、相手を悲しませてしまうかもしれない。そう思って、言えませんでした。
相手が、つらそうにしていることがあるかもしれません。すっきりしない表情の日が、あるかもしれません。
それは、あなたが何かをまちがえたから、とはかぎりません。だれも悪くない場合もある。そのことを、知っておいてほしいのです。
時に、ふつうの毎日が、できなくなった自分を映してしまうことがあります。それは、支える人のせいではありません。
支えている人にできること

ここまで書いてきたことを、支えている方の側から、まとめ直してみます。
私の経験からお伝えできるのは、いつもどおりでいいということです。
挨拶と短いひとこと
何と声をかければいいか分からないときは、挨拶だけで十分です。
「おはよう」「行ってきます」「ただいま」。言葉が見つからない日も、挨拶ならかけられます。
話を聞かせてもらうこと
相手のこれまでのことを、聞かせてもらう。それも、いっしょにできることの一つです。
私は、支えてもらっていた時期に、家族からたくさんの話を聞きました。家計のやりくりや、買い物、献立の工夫。子育てをしていたころに感じていたこと。私が忘れていた、子どものころの出来事。知らなかった思いを、知ることができました。
体が思うように動かなくても、話すことや、教えることなら、できる場合があります。無理に聞き出さず、相手が話したいときに、耳をかたむけてみてください。
食べたいものを聞いてみること
私は、献立を決めるのが苦手です。
だから、「あれが食べたい」と言ってもらえると、一つ助けてもらったような気持ちになります。
「何が食べたい?」と聞いてみる。答えてもらえたら、それは、相手があなたを助けてくれた、ということでもあります。食べたいものが思いうかばない日もあるので、答えがなくても、気にしなくて大丈夫です。
支える人も楽しんでいいこと
支えている方も、楽しんでいいのです。
私は、家族の笑顔が見られると、うれしかったです。自分のために、家族が楽しみをがまんしている。そう感じるほうが、つらかったと思います。

支える人が気持ちを話せる場所
支える側にも、気持ちを吐き出す場が必要なときがあります。
家族や友人には話しにくいことも、あると思います。そんなときは、カウンセリングを使うことも、考えてみてください。最近は、オンラインで受けられるものもあります。
何でもない時間を一緒に過ごすこと
同じ部屋にいる。同じ家の中にいる。
何かをしてあげようとしなくても、いっしょにいる何でもない時間が、ほっとする時間になることがあります。何かしてあげたいと思ったときには、こんな方法もあります。

支える人のよくある質問

支えている方が迷いやすいことを、私の経験から考えてみました。
人によって、感じ方は違います。答えではなく、一つの見方として読んでください。
はげましたほうがいいのか
私の場合は、はげましの言葉よりも、変わらずそこにいてくれることに支えられました。何と言えばいいか迷うときは、無理に言葉を探さなくてもいいのだと思います。
そっとしておいたほうがいいのか
そっとしておくことと、気にかけていないことは、違います。挨拶や、短いひとことがあるだけで、気にかけてもらっていると伝わります。
仕事が忙しくて最低限のことしかできないとき
私の家族も、仕事をしながら支えてくれていました。それでも、気にかけてくれていることは、伝わっていました。してあげられることの多さではなく、気にかけていること自体が、届いているのだと思います。
自分だけ楽しんでいいのか迷うとき
楽しんでください。支えている方が笑っていることは、相手にとっても、うれしいことかもしれません。私は、そうでした。
相手があやまってばかりいるとき
相手は、申し訳なさを抱えているのかもしれません。私が支えられたのは、何もできなくても、そこにいていいと感じさせてもらえたことでした。言葉でなくても、いつもどおりに接することで、伝わるものがあると思います。
相手のつらそうな様子が続くとき
眠れない、食べられない、ひどく落ちこんだ様子が続くときは、家族だけで抱えず、主治医に相談してください。支えているあなた自身がつらいときも、同じです。

支えてもらった側が感じていたことのまとめ

支えてもらった側だった私から、支えている方へ。
- 考えてしてくれた特別なことは、もちろんうれしかった
- 同じくらい、変わらずそこにいてくれること、毎日の挨拶がありがたかった
- 何もできなくても、そこにいていいという感覚
- だれも悪くなくても、口に出せない気持ちがある
- 相手がつらそうに見える日があっても、だれも悪くない場合もある
- 相手のこれまでの話を、聞かせてもらう
- 支える人も、楽しんでいい。気持ちを話せる場所を持っていい
何かをしてあげられなくても、大丈夫です。あなたがそこにいることは、もう伝わっています。
明日の朝、いつもどおりに「おはよう」と声をかけてみてください。
読んでの感想や、「こんなことも書いてほしいな」と思うことがあれば、気軽に教えてください。ひとことだけでも、とてもうれしいです。お名前は書かなくて大丈夫です。

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